翌朝、学校に着いて教室に向かおうとすると、山田美斗があらわれた。
「メグ先輩、おはようございます!」
首をかしげ、にっこりと笑う。きのうはあんなに恥ずかしそうだったのに、なんだか妙に堂々としてる。
それに、登校してきたばかりで出くわすなんて、タイミングよすぎない?
「ひょっとしてさ……あたしのこと、待ってた?」
おそるおそる訊《たず》ねると、
「はい、待ってました! 先輩の顔、見たかったから」
山田美斗はためらいなく笑みをあふれさせた。チョコを渡したことで弾みがついちゃったみたいだ。
「手紙、読んでくれましたか?」
「あ、うん。読んだ」
「きゃあぁぁ、うれしいッ!」
からだをよじって喜ぶさまは、怖いくらい無邪気。この世がコミックだったら、彼女のまわりにはゴージャスなバラの花やお星さまが描かれることだろう。
そういうのが好きならいいけど、わたしは苦手なクチ。逃げるようにその場を離れた。
でも、逃げてもムダだった。この日から、山田美斗はしょっちゅうわたしの前に出没するようになったのだ。
一年生が上級生のクラスに来るのってけっこう勇気がいることだと思う。なのに、昼休みわたしのクラスに来てなかをのぞき、目が合うと満面の笑みで手を振っていく。おかげで男子にまで冷やかされるありさまだ。
朝のお出迎えはもちろん、放課後は体育館のギャラリーにあらわれ、練習を見つめている。
ろうかで出くわそうものなら、駆け寄ってきて、「これから音楽の授業なんですぅ」とか「購買部のパン、何が好きですか。わたしはタマゴパン!」なんて、どーでもいいことをしゃべりだす。
こっちが適当に返事をしていることや、はやくその場を切りあげようとしていることに、全然気づいていないらしい。その証拠に、いつだって山田美斗は目をキラキラさせている。
「じゃあ、放課後、部活見にいきますね」
ろうかで出くわし、うれしそうに去っていく山田美斗を見送りながら、香苗がしみじみとつぶやいた。
「あの子、けなげにメグのこと思ってるよなあ。痛々しいくらいだよ」
「痛々しい? 意味わかんないこと言うなよ、コラ。こっちはけっこうしんどいんだぞ」
嫌いとまでは思わない。でも、まとわりつかれるのは正直うっとーしい。わたしのため息は深くなるばかりだ。
山田美斗に気をとられる毎日がつづき、三月に入った。部活後、運動着をとりに部室に引き返したとき。ドアのまえで、わたしはハッと足をとめた。
え、なに? いま、「雨宮先輩」って言わなかった?
部室のなかで一年生たちがしゃべっている。
「それって例の彼女のこと?」
「雨宮先輩と同じ大学受けるなんて相当ラブだよね」
「それで受かっちゃうところもスゴくない?」
「執念?」
「こわっ」
「でも、一学期の面談のときは合格はゼッタイ無理って言われたらしいよ。それで雨宮先輩も協力していっしょに猛勉強したんだって」
「おっ。愛の二人三脚」
「愛は偏差値を越える」
きゃははは、と、笑う後輩たちの声を聞きながら、わたしは静かにその場を離れた。