夜中、寝ていたら、玄関口でがちゃがちゃと音がする。莉子さんは出張でいない。
(隣?)
ジョン君はアタシの横で寝ている。当然、番犬なんかにならない。
(…まさか??…ドロボー?…)
(玄関の鍵を開けてくるドロボーってあり?…あ、開けているんじゃなくって、ピッキング?)
(とりあえず、隠れた方がいいかも!)
隠れるところなんかマンションにあるわけない。ベッドルームにはクローゼットしかない。クローゼットの中は、服がぎっちり。
どーしよぅー。
迷っているうちに、玄関の鍵はあっさり開き、そして靴を脱ぐ音。足音はまっすぐにベッドルームに向かってくる。
「莉子ー。いた? 驚かせようと思って、連絡なしにきちゃったぁ」
電気がパッと点いた。
アタシは、ベッドの中で頭だけ出している。男? 莉子さんの彼氏?…そんなはずない。…ジャケットもパンツもダークグレイで白い開襟のシャツ。声は低いハスキーボイス。
「莉子?…あれっ。莉子じゃない。莉子はどこ? アンタ誰?」
一気に酔いが醒めたらしく、怪訝な声で矢継ぎ早に質問してきた。
「あ、あの…あの…。す、すみません。莉子さんはいません。出張だそうです。アタシは、ジョン君のために留守番を頼まれているだけです」
わたしは莉子さんのペット、なんてメンドクサイ説明はできない。
「え! ジョンのために留守番? なんだあ、悪いわねえ」
さっきとは打って変わって、急に機嫌が良くなった。
「アタシねえ。犬が嫌いってわけじゃないんだけれど、世話とかするのは苦手というか…」
最初男かと思ったが、よく見ると少し大柄な女だった。勝手に上着を脱いでベッドの上に座っている。
「あ、すみません」
アタシは、どうしていいのか分からず、ベッドから出ようとした。
「あ、いーの、いーの。あ、名前なに?」
「葉月です。坂本葉月」
「そう。アタシは、エミリ。よろしくね」
(あ、この人がエミリなんだ)
イメージが違う。エミリという名から、小柄な可愛い子を想像していた。
帰るのか、と思ったが、違う。ドタドタと音がしたかと思ったら、シャワーを使う音が聞こえてきた。
(どうしよう…?? 普通は莉子さんいなかったら、帰るんじゃないのかなぁ)
エミリと名乗る女は、シャワーを浴びると、また、ドタドタと寝室に入ってきた。莉子さんは「エミリは部屋に呼ばない」と言っていたけれど、違うらしい。家の中で迷う様子はない。
「じゃあ、脱いでよ」
バスタオルを巻いただけの姿でエミリが言う。
「はぁ?」
「だから、面倒だから、自分で脱いでって言っているのよ」
「あのー、なんで脱がないといけないんでしょうか?」
「何言っているのよ。アンタ、莉子のペットでしょ。知っているわよ。莉子言っていたから」
心臓をギュッと掴まれたような気がした。秘密だと約束してはいなかったが、他の人に言わないような気がしていた。その上、莉子さんの言うペットとエミリのいうペットでは、意味が違う。でも、そう思っていたのはアタシだけかもしれない。
莉子さんはアタシのことをなんて言っていたんだろう。アタシがジョン君を散歩に連れ出すように、アタシも「貸し出され」たんだろうか。莉子さんは、それを「許した」んだろうか。
エミリの手がアタシのパジャマの胸元を触る。男だったら強姦もどきだ。
「やだ」
エミリの手を振り払うと、彼女がムッとした表情をするのが分かる。
「いいじゃないってば。アンタ、莉子のお気に入りなのが分かるよ。莉子好みのちょっとぽっちゃりだもん」
エミリは執拗にパジャマのズボンを引き下ろそうとする。この女は何故、自分の恋人のペットに手を出そうとするのか。
わたしはペット|神崎セロリ
アタシ・葉月はフリーター。だらだらとバイト生活を続けていたけれど、バイト先で知り合った莉子さんのペットとして同居することに。……男子とは違う柔らかい舌にも慣れて、結構お気楽なペット生活だったけれど……。楽すること。誰かを好きになること。そして、世界中にたった一人の自分を大切にすることってどんなこと? 正解の答えなんかないけど、答えが欲しい。能天気だけれど、時には落ち込んだり。そんな葉月が一歩踏み出していくのを楽しんでくれたらうれしいです。(著者より)
抄録
オトメ文庫 わたしはペット 価格 210円(税込)
著者プロフィール
神崎 セロリ(かんざき せろり)
最近の関心はジェルネイル。普段はベージュ系だけど、たまにキラキラ模様に。嫌なことで落ち込んでも、疲れていても、光沢のある指先を見ていると、どんな時もパワー回復です。
著書に『危険な先輩』『ブラジャーの上からキス』『年下の女の子♪』など。