「黙って帰ったら、本当に許さないからね。わかった?」真尋はびくっとしてから、大きく頷いた。私は真尋に念を押してからバスルームへ向かう。そして一人鏡を見て笑ってしまった。
こんな怖い顔をして、真尋に言ったのだ。そりゃびくっとするわ。
お風呂は考え事をするのに最適だ。目を閉じて、両手で顔をそっと覆うと違う世界にいるような感覚になる。できれば照明も落として。真尋の姿が浮かぶ。悲しそうな顔をして、背中を向けてしまう。あっという間に涙が溢れてくる。真尋が好き。私はどうしたら背中を向けられずに済むのか。これ以上、愛し合うには体の繋がりがないとだめなのだろうか。真尋とのキスを想像しようとするけれど、できない。だめだ。真尋に英語を教える男性が顔を近付けていく。そんなの嫌だ。私は自分勝手でわがまま。そしてずるい女。
結局お風呂では、頭の中はきれいに片付けられなかった。のぼせるほど長い時間かけたのに。リビングのソファでは、模様替えで疲れたのか、真尋が眠っている。少し寝かせてあげよう。そっと冷蔵庫を開け、ミネラルウォーターを取り出す。本当はビールにしようか迷ったけど、悪酔いしそうなのでやめておこう。真尋は起きる気配がない。毛布をかけてあげよう。そっと。そっと。すぐ横に腰を下ろして柔らかな髪を撫でる。そう、そっと。真尋のくちびるが少し動いた気がする。起こしちゃうかな。でももう少し見つめていたい。撫でていたい。起きたら怒られるだろうか。「未希」かすかだけど、聞こえた。心が震えた。顔が熱いのはお風呂上がりのせいじゃない。
私たちは、お互いを必要としている。そうだよね。
真尋の長い睫毛。柔らかそうなくちびるは。触れたら、どんな感じなんだろう。どんなキスを返してくるのだろう。ああ、もう少し離れないと、だめ。私の心が慌てて警告してくる。でも真尋から目が離せない。顔が火照っているのがわかる。急ブレーキをかけようとする自分がいる。
その時、いきなり真尋が寝返りを打って伸びをした。反射的に、私はその場を離れることができた。「うーん」目を覚ましたようだ。何にも知らないでのんきなもんだ。
「お待たせ。お風呂どうぞ」ペットボトルの水をゴクリと飲む。
人の気も知らずに真尋は素直に返事をして、お風呂の身支度を始めている。
真尋の入浴中、髪を乾かしながらずっと考えていた。あのまま真尋が寝返りを打たなければ、私は、もしかしたら、いやきっと・・・。混乱する。